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クリスチャンディオール オム
クリスチャンディオールのオムは、2000年に本格的スタートをしたメンズコレクションで、シンプルで美しいフォルムは女性にも人気。デザインはクリエイティブ・ディレクター エディ・スリマンです。
クリスチャンディオールの年表
1946年
当時「コットン王」と呼ばれていたマルセル・ブサックの支援を受け、パリ・モンテニュー通り30番地に「クリスチャンディオール オートクチュール メゾン」を開業。クリスチャンディオールのデビューは驚くほど遅く、この時すでに41歳でした。ここからデザインの新風、クリスチャンディオールがデザイナーとして誕生。
開業前マルセル・ブサックに会いに行く途中、道に落ちていた星型につまずき、それを拾ってポケットに入れたままメゾン設立の夢を語ったことから、その後、星はクリスチャンディオールのラッキーモチーフとなったと言われています。
1947年
クリスチャンディオールは、コロール(花冠)を発表。ドレスは細くくびれたウエスト、美しくシェイプされた豊かな胸、そして足元まであるロングスカートです。優美なスタイルは世界のモード界に旋風を巻き起こしました。このラインは後にモード界に多大な影響力をもっていた『ハーパース・バザー』の編集長カーメル・スノウに「ニュールック」と呼ばれ、さらに名声を高め、衝撃的なデビューを飾ったクリスチャンディオールは、ここから一気にモード界の頂点へと駆け上がりました。
1948年
クリスチャンディオールは、香水部門の会社「パルファン クリスチャンディオール」を設立。アメリカにおいてライセンス生産を開始し、同年「ジグザグ・ライン」を発表。
1950年〜1956年
パーティカルライン(1950年発表)、オーバル(1951年発表)、シニュアス(1952年発表)、チューリップ(1953年発表)、Hライン(1954年発表)、Aライン(1955年発表)、アローライン(1955年発表)を続々発表。シーズンごとに新しく発表したクリスチャンディオールのラインは名前が全て異なり、わかりやすいコレクションと世間に評価されました。また、歴史に残る名作を次々に発表しつづけたクリスチャンディオールは「モードの王」として君臨しました。
1957年
クリスチャンディオールは53歳の若さで心臓発作により死去。後継者には彼の右腕として活躍していた若干21歳のイヴ・サンローランが継承します。
1960年
マルク・ボアンがクリスチャンディオールのデザイナーに就任します。
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